【連載コラム:第1回】なぜ中小企業で「移行期(トランジション)」のメンタル不調が起きやすいのか?(6回シリーズ)

カテゴリー:メンタルヘルス対策 / 健康経営 / 組織開発
読了時間の目安:約5分

「期待していた中堅社員や新任の管理職が、ある日突然、メンタル不調を理由に休職届を出してしまった」
「業績も順調で、社内の人間関係も悪くないはずなのに、なぜかメンタル不調や離職者が出てしまう」 経営者の方や総務人事担当者の方にとって、このような状況は決して他人事ではないはずです。実際に、身近で以下のような場面を目にすることはないでしょうか。

  • プレイヤーとして優秀だった社員を管理職に登用した途端、急に元気がなくなってしまった
  • 組織を見直した後、社員のパフォーマンスがなかなか上がってこない
  • 結婚や出産、親の介護など、プライベートの転機を迎えた社員が、仕事との両立に限界を感じているようだ

これらは一見、それぞれ別の問題のように見えますが、共通した背景があります。それが、「移行期(トランジション)」に潜む目に見えないストレスです。 今回は、中小企業においてなぜ「移行期のメンタル不調」が深刻な問題なのか、そのメカニズムと企業が取るべき対策の第一歩を解説します。

目次

1. そもそも「移行期(トランジション)」とは?

多くの人は、「メンタル不調=過重労働やパワハラ、業績不振など、ネガティブな出来事によって引き起こされるもの」と考えがちです。 しかし、心理学や組織開発の分野では、「人生やキャリアにおける大きな変化の時期(移行期=トランジション)」そのものが、人の心に強い負荷をかけることが分かっています。 移行期には、主に以下のような「ビジネス上の変化」と「プライベートの変化」があります。

【組織・キャリアの変化】

  • 昇進・昇格(プレイヤーから管理職への役割の変化)
  • 異動・転勤(職場環境や人間関係のリセット)
  • 組織改革(これまでの仕事の進め方の強制的な変更)

【ライフステージの変化】

  • 結婚・離婚、子どもの誕生
  • 親の介護の始まり
  • 自身の病気の発覚(治療と仕事の両立の必要性)

例えば、昇進や結婚、出産などは一般的に「おめでたい出来事(ポジティブな変化)」とされます。そのため、本人も周囲も「ストレスを抱えている」とは気付きにくく、あるいは、「そういう大変さは誰でも経験するもの、自分で何とかするもの」とされ、ケアが後手に回ってしまいやすいという罠が潜んでいます。

2. 中小企業で「移行期の不調」が深刻化しやすい3つの背景

① プレイングマネージャーの孤立

中小企業では、昇進して管理職(マネージャー)になっても、自身の営業や実務(プレイヤー)を高い割合で兼務せざるを得ないケースが大半です。自身が指示し、相談を受ける立場になるなど、役割の変化に適応する時間がないまま責任と実務だけが増加し、自身の悩みは周囲に相談もできずに抱え込まざるを得なくなりがちです。

② 身近に「ロールモデル」がいない

社内の人数が限られているため、「同じような立場の先輩」を見つけにくい環境にあります。例えば、「介護をしながら働く管理職」や「育休から復帰してキャリアアップを目指す社員」の前例が身近にいないため、対応はどうしても手探りとなってしまい、無理を重ねてしまいます。

③ 総務人事のリソース不足

中小企業の多くは、総務人事の専任担当者が少数、あるいは経営者や他部門との兼任というケースが少なくありません。日々の労務手続きや採用業務に追われ、社員が限界を迎える一歩手前の「サイン(予兆)」にまで目を配る余裕がないのが実情です。

3. 経営者・人事が知っておくべき「移行期のストレス」3つのサイン

社員が潰れてしまう前に、職場が気付けるサインにはどのようなものがあるでしょうか。移行期のストレスは、以下のような行動や態度の変化として現れます。

  • 【行動の変化】:遅刻や突発的な休みが増えた、メールやチャットの返信が極端に遅くなった
  • 【効率の低下】:これまですぐに終わっていた実務に時間がかかる、ケアレスミスが増えた
  • 【態度の変化】:会議での発言が急に減った、いつもピリピリして話しかけにくい雰囲気を出すようになった

「最近、役割や環境が変わった社員」にこのような変化が見られたら、それは本人が発しているSOSかもしれません。

このような移行期の不調は、単に一時的な問題にとどまらず、離職やパフォーマンス低下といった形で企業全体に影響を及ぼす可能性があります。特に中小企業においては、一人の離脱が組織全体に与える影響が大きいため、早期の気付きと対応が重要です。

メンタルヘルス対策の重要性については、厚生労働省の指針でも、セルフケアやラインケア、職場環境の改善といった体系的な取り組みの必要性が示されています。
職場におけるメンタルヘルス対策|厚生労働省

4. 求められるのは、根性論ではない「レジリエンス(しなやかな強さ)」

変化の激しい現代のビジネス環境において、企業から「変化(トランジション)」を無くすことは不可能です。だからこそ、今注目されているのが「レジリエンス(Resilience)」という考え方です。

困難や急激な変化に直面したときに、しなやかに適応し、回復し、さらには成長していく力を指します。
折れない強さではなく、竹のようにしなやかに受け止め、状況に応じて自分を立て直していく――それがレジリエンスです。
重要なのは、この力が特別な資質や精神論ではないという点です。

レジリエンスは、思考・行動・人との関係性などの複数の要素から構成され、適切な知識と実践によって後天的に高めることができるスキルです。
実際に、協力関係の構築や問題解決力、感情コントロールといった要素の多くは学習・訓練によって身につけ、強化できることが示されています。

各人の成長の過程で、身につけているレジリエンスは様々です。だからこそ企業に求められるのは、社員一人ひとりの努力に任せるのではなく、
個人のレジリエンスを高める支援と、変化に適応できる組織としてのレジリエンスを整えることです。

不確実性が高まる時代において、レジリエンスは社員個人に委ねるものではなく、
企業が育むべき重要な人的資本の一つといえます。
社員のレジリエンスを高めることが、そのまま組織の適応力と持続的な成長力を高めていく基盤となります。
社員と組織のしなやかさを育てること――
これからの中小企業における「健康経営」の重要な柱と言えるでしょう。

次回予告

本連載では、全6回にわたり、この「移行期のストレス」と「レジリエンスの育み方」について、具体的な視点を交えながら解説していきます。次回(第2回)は、「昇進・異動・組織改革がもたらすメンタル不調と、プレイングマネージャーの負担」について深掘りします。

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