【連載コラム:第3回】育児・介護と仕事の両立がもたらす見えないストレス ― ライフステージの変化とキャリアの再設計(6回シリーズ)

カテゴリー:メンタルヘルス対策 / 健康経営 / 組織開発
読了時間の目安:約5分

「育休から復帰した社員が、以前のような自信を持てていないように見える」
「親の介護が始まった社員が、今後の働き方について悩み始めた」
「仕事は続けたいと言っているが、どこか無理をしているように感じる」

このような場面に心当たりはないでしょうか。

従業員のメンタルヘルスというと、長時間労働や職場の人間関係に目が向きがちです。しかし実際には、育児や介護といったライフステージの変化そのものが、大きなストレス要因となることがあります。

第1回では、人は人生やキャリアにおける変化のタイミング、すなわち「移行期(トランジション)」においてストレスを受けやすいことをお伝えしました。第2回では、昇進や異動、組織改革といった職場での変化を取り上げました。

一方で、移行期は組織の中だけで起こるものではありません。育児や介護もまた、人の役割や価値観、働き方に大きな変化をもたらす人生の転機です。

今回は、ライフステージの変化と仕事の両立がもたらす見えないストレスについて考えていきます。

目次

育児・介護と仕事の両立は中小企業の経営課題

仕事と育児・介護の両立は「個人の問題」ではない

育児や介護というと、家庭内の問題として捉えられることがあります。もちろん、その出来事そのものは個人や家族に関わるものです。しかし、その影響は働き方や職場でのパフォーマンスにも及びます。

子どもの誕生によって生活リズムが大きく変わる。親の介護によって時間的な制約や突発的な対応が増える。これまで当然のようにできていた働き方が難しくなることもあります。

近年では、第1子出産前に就業していた女性のうち約7割が出産後も就業を継続しており、育児と仕事を両立しながら働き続けることが一般的になりつつあります。

これは働く人にとって選択肢が広がったことを意味する一方で、企業にとっては「働き続けることを前提とした支援」の重要性が高まっていることを意味しています。

▶ 参考:厚生労働省「仕事と育児の両立等に関する実態把握のための調査研究事業」

中小企業では一人の社員の離職や生産性低下の影響が大きい

中小企業では、一人ひとりの社員が持つ経験や専門性、人脈、顧客との信頼関係、会社への理解が、組織の大きな力になっています。

そのため、育児や介護への対応が十分に行われず、生産性の低下や離職につながった場合、その影響は本人だけでなく組織全体にも及びます。特に人数が限られている中小企業では、一人の離脱が業務の停滞や周囲の負担増につながることも少なくありません。

一方で、勤務時間が一時的に短くなったとしても、これまで培ってきた経験や知識、人脈まで失われるわけではありません。限られた時間の中でも、経験値を生かして一定のパフォーマンスを保ったり、他の社員を支えたりすることは十分に可能です。

また、仮に休業や休職が必要になったとしても、職場とのつながりが維持されていれば、新たな人材を採用し育成するよりも短期間で戦力として復帰できる可能性があります。経営者の立場から見れば、仕事の進め方も会社の文化も理解しており、信頼関係が築かれた社員が戻ってきてくれることは、大きな安心につながるのではないでしょうか。

だからこそ、育児や介護への支援は、単なる福利厚生ではありません。大切な人的資本を維持し、社員の活躍と定着を支えるための経営課題として捉えることが重要です。

育児・介護と仕事の両立はキャリア形成にも影響する

育児・介護はキャリアの見直しを迫る移行期

育児や介護のストレスは、単に時間が足りなくなることだけでは説明できません。むしろ大きいのは、自分の役割や価値観、将来の働き方について見直しを迫られることです。

これまで仕事を中心に考えてきた人が、「これから何を大切にしたいのか」「どのような働き方を続けたいのか」「将来どのようなキャリアを築いていきたいのか」を改めて考えるようになります。

例えば、働く女性に関して言えば、内閣府男女共同参画局の調査では、35歳以上の女性の約半数が、「当初描いていたキャリアプランよりもキャリアをセーブすることになった、またはなりそう」と回答しています。

この結果は、育児が単なる生活上の変化ではなく、キャリア形成にも影響を与える出来事であることを示しています。

男性の育児参加が徐々に広がっている現在では、育児がキャリア形成や働き方に影響を及ぼすのは、必ずしも女性だけの問題とは言い切れないかもしれません。

育児や介護は生活上の課題であると同時に、キャリア上の大きな移行期でもあるのです。

▶ 参考:内閣府男女共同参画局「仕事と生活の調和推進のための調査研究(概要)」

ライフステージの変化はキャリア観を揺さぶる

育児や介護によるストレスは、時間的な負担だけでは説明できません。その背景には、これまで描いてきたキャリアとのギャップがあります。

例えば、昇進やキャリアアップを目標に、長年仕事に打ち込んできた社員がいたとします。育児や介護をきっかけに、定時退社や短時間勤務を選択した結果、以前のように仕事を進められないもどかしさを感じることがあるかもしれません。周囲に負担をかけているのではないかと肩身の狭い思いを抱くこともあるでしょう。

また、それまで当然のように目指していた昇進やキャリア形成についても、「このまま同じように進めるのだろうか」「目標を見直した方がよいのだろうか」と迷いが生じることがあります。

これは能力や意欲の問題ではありません。人生における新たな役割を受け入れながら、自分らしい働き方やキャリアのあり方を再構築していく過程で生じる、ごく自然な反応です。

第2回で取り上げた昇進や異動と同様に、育児や介護もまた、「これまでの自分」と「これからの自分」をつなぎ直す移行期なのです。

真面目な社員ほど育児・介護の負担を抱え込みやすい

「仕事も家庭も大切にしたい」からこそ無理をしやすい

特に注意が必要なのは、責任感が強く、真面目な社員です。育児や介護に悩む社員は、「仕事を続けられない」のではなく、「仕事も家庭も大切にしたい」と考えていることが少なくありません。

そのため、

  • 周囲に迷惑をかけたくない
  • 仕事の質を落としたくない
  • 期待に応え続けたい

という思いから、一人で問題を抱え込んでしまうことがあります。

周囲から見えにくい疲労や焦りに注意する

周囲からは問題なく働いているように見えても、本人は不安や疲労、焦りを抱え続けていることも少なくありません。

責任感の強い人ほど支援を求めることをためらい、自らを追い込んでしまう傾向があることは、組織として理解しておく必要があります。

介護離職は中小企業にとって大きな損失になる

介護は企業の中核人材に起こりやすい課題

介護は育児と異なり、突然始まることが少なくありません。厚生労働省は、介護を担う労働者について、働き盛り世代で企業の中核を担う人材であることが多く、管理職や職責の重い仕事に従事している人も少なくないと説明しています。

また、「介護・看護」を理由として前職を離職した人は年間10.6万人と報告されています。

介護の問題は、本人や家族だけの問題ではありません。企業にとっても、経験を積んだ社員や管理職層のキャリア継続に関わる重要な経営課題といえるでしょう。

▶ 参考:厚生労働省「仕事と介護の両立 ~介護離職を防ぐために~」

失われるのは人員だけではなく経験・信頼・ノウハウ

特に中小企業では、長年勤めてきた社員が持つ業務知識や顧客との関係性、社内の調整力は、簡単に代替できるものではありません。離職によって失われるのは単なる人員ではなく、会社を支えてきた経験や信頼の蓄積でもあります。

育児・介護支援が人材定着と組織成長につながる

信頼、安心感が組織へのロイヤリティを育てる

育児や介護への支援は、社員を一方的に守るためだけのものではありません。適切な支援を受けながら働き続けることができれば、社員はこれまで培ってきた経験や知識、人脈を生かして、組織に貢献し続けることができます。支援を受けた社員が、状況に応じてできる貢献を続け、周囲もそれを支え、組織全体として助け合う文化を育てていく。そのような好循環をつくることが重要です。

「困ったときに会社が支えてくれた」「悩んだときにキャリアの相談にのってくれた」という経験は、企業への信頼や愛着を育みます。その姿を見ている他の社員にとっても、「人生の転機が訪れても働き続けられる職場なのだ」という安心感につながるでしょう。

人生において、困難なライフイベントは一度だけとは限りません。育児、介護、病気、家族の変化、自身の加齢など、誰もが複数回の移行期を経験する可能性があります。

そのときに、組織として支え合う文化があることは、社員にとって大きな安心になります。そして、その文化を維持し、成長させようとする意識は、社員のロイヤリティやエンゲージメントにもつながっていくでしょう。

経営者・人事総務担当者に求められる役割

制度整備だけでなく、対話とキャリア支援が必要

企業が行うべきことは、制度を整備することだけではありません。内閣府の調査では、仕事と育児を両立しながらキャリア形成を続けるために必要な支援として、「柔軟な勤務制度・制度の利用のしやすさ」に加え、「両立やキャリアアップを応援する上司の姿勢」「両立する人を支える職場全体の雰囲気」が挙げられています。

つまり、制度だけでは十分ではないということです。上司との対話、キャリアについて相談できる機会、外部専門家との連携などを通じて、社員が人生の転機と向き合える環境を整えることが重要です。

ライフキャリアを支える組織文化を育てる

育児や介護に直面している社員が抱えているのは、単なる時間不足ではありません。「これからどのように働くのか」「何を大切にしていくのか」「自分らしいキャリアをどのように続けていくのか」という問いです。

そのため、育児や介護への支援は、両立支援であると同時にキャリア支援でもあります。

経営者や人事総務担当者には、「育児や介護は誰にでも起こり得るライフキャリア上の出来事であり、私たちはそれを支え合う組織でありたい」という価値観を、社内に伝え続けていく役割があります。

WERESコンサルティングは、こうした社員一人ひとりのライフキャリアと、組織の持続的な成長が両立する職場づくりを支援していきます。

次回予告

本連載では、「移行期におけるストレスと適応」をテーマにお届けしています。

次回(第4回)は、「治療と仕事の両立に潜む見えないストレス ― 病気をきっかけに訪れるキャリアの転機」をテーマに、病気や治療と向き合う社員への支援について考えていきます。

なお、こうした移行期を乗り越えるうえで重要となる「レジリエンス」については、第5回・第6回で詳しく取り上げる予定です。

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